2021年7月8日のオンラインイベントで復刻が発表されたFender Kurt Cobain Jag-Stang、その後2021年10月13日から正式に発売となりました。
旧フェンダージャパンの「ジャグスタング」が生産完了になってから約15年に及ぶ空白期間があり、ニルヴァーナ「ネヴァーマインド」発売30周年の節目で待望の再生産です。
発売からしばらく売り切れが多かったね。最近では通常販売しているショップが増えているよ。
本記事では既存のアーティストモデル、ムスタングやジャガーまで網羅した「カート・コバーン(カート・コベイン)モデル」の歴史や特徴について、元楽器店員視点で解説してみたいと思います。
カート・コバーンモデルのジャグスタングについて
Fender Jag-Stangは、1993年当時カート・コバーンのアイデアをもとにフェンダーで設計開発されたエレキギターです。
それまで彼が愛用してきた「JaguarとMustangを融合させる発想」がベースになりました。
上記はフェンダー創業以来の歴史・製品について網羅された有名な書籍(2010年出版)なのですが、その表紙を飾るに相応しい評価のモデルとしてJagstangが選ばれていますね。
ジャグスタングがジャガーとムスタングの「融合」と称される所以(ゆえん)については、ギターの正面から向かって左上部6弦側の尖ったホーンが「ジャガー」を彷彿させるデザインであること。
そしてボディ中心部に位置するピックガード、ブリッジ、コントロールプレートは「ムスタング」に由来するハイブリッドであることによります。
24インチ・ショートスケールの弦長は、ジャガーとムスタングに共通する特徴だね。
以下では「カート・コバーン本人が使用したプロトタイプ」「かつてフェンダージャパンで市販されていたモデル」「2021年から販売されている新生ジャグスタング」の時系列で解説していきたいと思います。
カスタムショップ製プロトタイプのジャグスタングが原点
まず、最初にジャグスタングが登場したのは、フェンダーカスタムショップが正式に発足した1987年から6年後のことです。ジャグスタングのプロトタイプが1993年に製作されるようになりました。
その当時、フェンダーでアーティスト・リレーション部門の主要人物であったLarry L.Brooksや、Mark Wittenbergらが中心となってプロジェクトがスタート。
ラリー・ブルックスは初期のマスタービルダーとして活躍しており、エリック・クラプトン、ダニー・ガットン、スティーヴィー・レイ・ヴォーンらの楽器製作に携わったことで有名です。
リンク先に綴られている「ジグソーパズルの物語」では、「Fender Frontline Magazine」(1994年)のインタビューをもとに、最初の試作機を弾いたカート・コバーンの意見がフィードバックされた経緯について記されています。
このオリジナルのジャグスタングでは、フロントピックアップが「テキサススペシャル」でリアピックアップは「ディマジオH-3(DP158タイプ)」だったと述べられていますね。
実際はH-8(DP151Fタイプ)からセイモアダンカン製の特別仕様に交換されたというのが近年の通説でしょうか。
海外のフォーラムではオリジナルのジャグスタングをリバースエンジニアリングすることに挑戦した方のディスカッション(2019年~2022年)として、膨大な資料を見ることができるので、コアなファンの方はチェックしてみてください。
Scott Zimmermanが製作した69 Mustang風の細身なネックシェイプ、ホワイトピックガードやABRブリッジ・スイッチ配線など、製品版との違いも興味深いところです。
当初プロトタイプ・ジャグスタングの製作にあたって、カート・コバーンからリクエストされたカラーは「ムスタングでおなじみ」のブルーとレッドでした。
ブルーのJagstangに関しては、1993年から1994年にかけて行われた「In Utero tour(インユーテロ・ツアー)」のライブで数曲使用しており、徐々に使用頻度が増えているのが残された映像で確認できます。
あいにくレッドの完成は同年4月。そうです、とても残念なことに彼の訃報と入れ違いのタイミングだったそうですね…。
「Kurt Cobain Journals」(2002年出版)の日記にも、カート本人がポラロイド写真でギターのスケッチを作ったエピソードが綴られており話題となりました。
なお、カート・コバーン本人が使用したギターは、妻コートニー・ラブからR.E.M.のピーター・バックの手に渡り、「What’s The Frequency, Kenneth? 」(Official Music Video)で右利き用に改造して演奏されています。
フェンダージャパン時代のジャグスタングは1995年から発売された
ここからはジャグスタングの製品版(市販品)について解説していきます。カートが亡くなった翌年にフェンダージャパンで製作されることになりました。
時期としては1995年の秋にリリースされ、1996年のカタログから正式に商品掲載されています。
日本国内向けの型番は「FENDER JAPAN JSG-65」(メーカー希望小売価格65,000円、当時税抜表記)という名称。
他アーティストの「シグネチャーモデル」とは少し毛色が違うためカタログは別項ですが、ヘッド裏に「Designed by Kurt Cobain」のステッカーが貼られている特徴があります。
Reverb.comで海外の相場を確認してみると、コンディション次第で日本円換算で20万円近いか、中には40万円以上の値付けがされている中古も出ていますね。
1996年当時のカタログスペックは、軽量なバスウッド材のボディと305ミリ・ショートスケールのメイプル・オーバルタイプネックにて製作。
184ミリRの22ヴィンテージフレット仕様かつ、フェンダージャパンのオリジナルピックアップ「ST-VINTAGEとDRAGSTER」を組み合わせています。
カラーバリエーションは、ソニックブルー(SBL)とフィエスタレッド(FRD)で、ともに光沢のあるホワイトパーロイドの3プライ・ピックガードが標準です。
その後、1997年のカタログにはレフティモデルの「FENDER JAPAN JSG-77L」(メーカー希望小売価格77,000円、当時税抜表記)が掲載されるようになります。
フェンダージャパンのジャグスタングは、公式サイトを見ればシリアルナンバーでおおよその製造年・年式が判別できるよ。
それからフェンダージャパンのジャグスタングは2001年に一旦生産完了。
2003年に新しい製品名「FENDER JAPAN JAG-70」(メーカー希望小売価格70,000円、当時税抜表記)で復刻再販され、2006年頃まで販売されていました。
※「JT-95やJT95EX」と表記されることもあり、海外輸出向けの製品番号は025-4200(右利き用)、025-4220(左利き用)です。
2021年10月から発売されている30周年記念ジャグスタングの復刻モデル
そして、いよいよ2021年10月から発売されたフェンダー・ジャグスタングについて見てみましょう。
製品名は「FENDER KURT COBAIN JAG-STANG」で、ヘッド裏にMADE IN MEXICOと記載があるフェンダー・エンセナダ工場製です。
以前は通称「フェンダーメキシコ」と呼ばれていましたが、最近はシンプルに「Fender」と表記するようになってきました。
Nirvana代表作のひとつ「Nevermind」が発売された1991年9月24日から、ちょうど30周年のタイミングで満を持して登場しました。
新作ジャグスタングのメーカー希望小売価格は、税込価格で右利き用が159,500円で、左利き用が170,000円というプライス設定がされました。
現在は前者が税込165,990円、後者が税込174,430円と若干価格改定されていますが、エンセナダファクトリーの現行ラインナップとしてはほぼ標準的な価格帯といえるでしょう。
大手の楽器店では、メーカー希望小売価格から10%オフが基準になっているね。
2021年版ジャグスタングは、旧フェンダージャパン製品を踏襲している部分が多いですが、ボディ材がバスウッドではなくアルダーボディになりました。
ピックアップはNirvanaサウンドを意識した新設計で「Jag-Stang Humbucking、Jag-Stang Single-Coil」が搭載されるようになっています。
ボディ材に関しては、かつてカートに手渡されたプロトタイプもアルダーボディだったと言われていますね。
「フェンダージャパンのジャグスタングだと音が大人しすぎる」と感じる方、「ショートスケール・スリムネックでもパンチのあるサウンドが出したい」プレーヤーにおすすめしやすいモデルです。
生産完了となって久しいJagstangは、「中古でなかなか見つからない」「プレミアが付いていて手を出しづらい」と復刻再販を心待ちの声・評価を耳にする機会が多かったです。
こういったアーティストモデルはいつまでレギュラー生産が続くか先が読めません。特にレフティモデルは流通数も少なくなりがちなのでご注意ください。
カート・コバーンモデルのムスタングについて
この機会にムスタングモデルについてもご紹介していきましょう。
フェンダーのカート・コバーン・ムスタング(KC-MG、MG-KC)は、現在新品で生産されていないので、ギターの入手になかなか苦労する状況があります。
かつては2012年1月に発売されたアーティストモデルとして「FENDER JAPAN KURT COBAIN MG/COとKURT COBAIN MG」がラインナップされていました。
同製品は2013年のカタログまで掲載されていたのですが、フェンダー日本製のラインナップが2015年以降、大幅にリニューアルされた際に生産終了(ディスコン)となっています。
モチーフとしては、いわゆる1969年頃の仕様をもとにしたムスタングであることが特徴。
特定の個体を再現しているというよりは、1993年後半からの登場頻度が高い「Oranj-Stang、Sky-Stang」(通称)といった機材のエッセンスを集約したイメージのギターです。
バックコンターやエルボーカットのついた薄いボディはカートのお気に入りだったんだろうね。
カラーバリエーションは「ソニックブルー、フィエスタレッド」の他、(バーガンディブルーも彷彿させる)「レイクプラシッドブルー」に「コンペティションストライプ」の入ったデザインとなっていました。
2012年の消費税は5%なので、メーカー希望小売価格は前者が税込110,250円(レフティ120,750円)、後者が税込120,750円(レフティ131,250円)といった具合。
現行製品でコンペティションストライプ入りのムスタングを探したいときには、シングルコイルピックアップですが参考までに上記でご紹介しているFender Vintera II 70s Mustang あたりをチェックしてみてください。
フェンダージャパン製カートコバーン・ムスタング(KC-MG、MG-KC)のピックアップは、ピックガードからの吊り下げ式ではなく、セイモアダンカンJBをボディに直接ネジ留めするダイレクトマウント。
ハードなストロークにも対応できるようにアジャストマチックブリッジになっており、スライドスイッチは右手にあたらないよう低めにアレンジされています。
ちなみに昨年2022年5月開催のジュリアンズ・オークション(Julien’s Auctions)に「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」のMV(1991年)でおなじみのヴィンテージ・ムスタング出品が話題になりました。
それとは別に日本製のカート・コバーンムスタングを探している愛好家がおり、こちらも多少なりともプレミアが付いているのが一般的です。
「レギュラー品のムスタングを改造する選択肢」もありですが、結構大掛かりで費用もかかるので悩ましいところになってくるでしょう。
また、補足するとフェンダー社のスタッフがカート本人の「Blue-Mustank、Oranj-Stang」を調査したときの動画が2013年に公式Youtubeへアップロードされています。
いずれ新しいカート・コバーンモデルのムスタングとしてリメイク、製品化されると嬉しいですね。
カート・コバーンモデルのジャガーについて
最後にカートコ・バーンモデルのジャガーについてのトピックです。「Nevermind」のヨーロッパ―ツアー以降、ムスタングと並んでカート・コバーンのトレードマークとなった使用ギターがジャガー。
本人所有機材は大胆な改造が施されたヴィンテージですが、それを新品で製作したフェンダー・カート・コバーン・ジャガーが本記事更新の時点でも現行機種としてラインナップされています。
ただし、右利き用・左利き用ともに品薄でプレミアム価格になっていることがありますので、購入検討の際にはしっかり複数ショップの情報を見比べてみてください。
アーティストモデルの元になったオリジナル個体は彼がジャガーを中古で入手する以前、Martin Jenner氏が所有していた時期から、ずいぶんモディファイが施されていたギターだったそうですね。
製品版はエスカッションマウント方式のDiMarzio DP103 PAFピックアップ、DP100 Super Distortionピックアップによって当時の状態を再現しています。
トグルスイッチのピックアップセレクターや、アジャストマチックブリッジ・ドームタイプノブといった仕様がFENDER KURT COBAIN JAGUARの大きな特徴。
バインディング付きのネックでありながら、「ポジションマークがブロックではなくドット」になっているのはフェンダー・ヴィンテージで1965年頃の過渡期に見られるスペックです。
オリジナル個体のネックに関してその由来に諸説ありますが、ヘッドが小ぶりで細字のデカール「スパゲッティロゴ」であることは非常に珍しい部分。
もともとカート・コバーンのギターテックを務めていたNick Close氏、Earnie Bailey氏とフェンダー社がタッグを組んだプロジェクトが結実して2011年当時に発売されたモデルです。
カート・コバーン・ジャガーのリリース当初は、「Roadwornフィニッシュ」といって工場出荷時からダメージ加工を施したレリック仕上げが採用されていました。
その後、2014年3月にレリックを行わないNOS(ニューオールドストック)仕上げが登場して、現行ラインナップはNOSのみとなりました。
英文になってしまいますが、ミュージシャン向けのニュースサイト「musicradar」では、カートコバーン・ジャガーの開発に携わったJustin Norvell氏へのインタビュー記事が参考になるでしょう。
※過去にイケベ楽器オリジナルとして、1995年から販売されていたフェンダージャパン「HJG-66KCのシリーズ」(1966年スタイル)も本製品をモチーフとしてオーダーされたモデルでした。
まとめ
以上、今回はカート・コバーンの機材の中でフェンダーのアーティストモデルとしてラインナップされてきた「ジャグスタング、ムスタング、ジャガー」について整理してみました。
フェンダー・ジャグスタングのファンサイトとしては、「jag-stang.com」がポータル的な役割のコンテンツで世界的に有名です。
最後までご覧いただきありがとうございました。